何からはじめようか ~球児との出会い~

By: jenny818

自分の穴を求めて、何かの勢いが作用してドメインを取得してしまってから、しばらくが経過した。

そのきっかけのひとつとなったのは、名も知れない男児との出会いだった。

スポンサードリンク

その日、私は何をしてもうまく行かなかった。

そういう日は、確かに何度も経験している。

そんな日もあるのだ。

 

私はある秋の日の夕暮れに愛犬を連れて、自宅から少し離れた総合運動公園に赴いた。

その公園は大きなもので、数キロに渡るランニングコースもある。

彼女は様々な匂いを嗅いでいて、それはまだ十分ではないようだった。

仕方なしに、彼女の行きたいところに自由に私は連れられていった。

 

私は寒いと思いながらも、彼女を唯一の一眼レフで何枚も何枚も撮影した。

一度公園に赴けば、余裕で100毎を超える撮影をする。

様々な装備をして犬を撮影しまくっているのだから、どうみても怪しい人だ。

 

こういうとき、だいたい良くないことがあといくつか起きるものだ。

悪意に満ちた職質か、それとも毛嫌いする類の連中に出くわすか。

 

そんなこんな想いを抱きながら歩いていると、男児が突然に脱帽し、元気よく言った。

「こんにちはー!」

 

あまりの元気の良さと、それから自分に挨拶が向けられている事にさえ気が付かず、ポカーンとしてしまった。

 

たったそれだけだ。

たったそれだけのことが、私を救った。

 

自分が様々に経験して、それからちょうど良くない日だったこともあって、いろいろと滅入っていたところに、彼は救いの手を差し伸べた。

 

至極当然のことかもしれない。

以前は。でも今は違う。

 

だからこそ、気持ちが良かった。

本当に嬉しかった。

 

松下幸之助の妻は言ったそうだ。

「挨拶いうのは、私はあなたの敵やないいう意味があるんや」

 

正しい挨拶や正しいお辞儀をできるひとはどれだけ居るだろうか。

正しいお辞儀や礼をすると、完全に顔は地面を見つめる。

決して前方を見ないし、見えない。

 

だから、相手の行動がまったく見えなくなる。

相手の行動が見えなければ、とっさの時、防御体制に入ることができない。

犬で言えば、服従の体勢と全く同じだ。

だからこそ、正しい挨拶は意味を持つ。

 

「頭を下げる」ことにも確かに意味があるけれど、まったくの無防備な状態を相手に見せることは、敵ではないことを如実にあらわしている。

 

彼の挨拶は、飛んで喜ぶほどの感動を私に与えた。

諦めることで何とか受け入れることの出来る現世に希望を与えた。

 

”捨てたもんじゃない”

スポンサードリンク

投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です